回想

 欲しいものは沢山あったけれど、今となっては安価で容易に手に入り、結局欲しかったものは、大したものではなかったことに気づく。幼少期に見た海外アニメも、海外の通販サイトで探せば見つかるので、まだ買わなくてもいいかという安堵感をもたらし、購入するのは先延ばしになっている。Youtubeで商品レビュー系の動画を見ると、物欲が治まっていく。この現象は、危険ではあると思うが原因は判然としない。本棚には、読んでいない本が手に余るほどあるので、あとは時間を捻出して読むだけなのに、気が付けばインターネットに帰結している。よくない兆候であると思うけど、年末・年始、長期休暇などに、まとめて読んでいるので、まぁいいかとその場をやり過ごしてしまう。最後に読んだ本は、平井和正『死霊狩り』で、帰省時の新幹線内で第一部を読了した。

 

 映画や小説のストーリーは、手持ち無沙汰な時に自然と回想している。『ストレンジャー・シングス』を2日で観終えたのは去年の今頃で、未だにシーズン2のラストの余韻や彼らの冒険譚の道程をふとした時に思い出す。ジュブナイル作品は、『なぞの転校生』よろしく形容し難い懐かしさが見る度にこみ上げてくる。その懐かしさの源流は各個人にあると思案するが、ありえたかもしれない青春、「if」を描くことで疑似的な青春の代替となり、自ずと物語に引き込まれているのだろう。全ての創作に同じことが云え、重要なことは、感情移入や主人公への共感ではなく、夢中になって作品を愉しめるか否かではないかと考える。その点で云えば、昨年観た『ブレードランナー2049』は、背景が美麗という一点だけをとっても、生涯幾度も観る作品になるはずだ。

 

 先週末、『シャークネード・ラストチェーンソー』を観に行った。4DX作品は始めてで、上映前は少し緊張した。上映中、座席が前後に揺れたり、水が霧のように噴出さるのは、事前に把握していたが、不意に耳元から風が吹いたのは驚いた。肝心の内容は、いつものマッチポンプ式のギャグだったり、名作のオマージュのオンパレードは相変わらずだなぁと笑ったが、シリーズの風呂敷包みには舌を巻き、心地良ささえあった。B級作品では、珍しい綺麗な終幕と、平成最後にアルバトロス配給の作品を観れただけで十分に満足できた。フィン・シェパード役のアイアン・ジーリングは、『ロッキー』のシルベスター・スタローンの様に、完全に役をものにしていたと思うので、スピンオフ作品の制作が待ち遠しい。今夏の『MEG ザ・モンスター』にいまいち乗れなかったのは、近年乱発するB級サメ映画がいつの間にかスタンダートになってしまったのだろう。『ハウスシャーク』が面白いと知人が言っていたので、そちらも非常に楽しみである。